大判例

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名古屋高等裁判所 昭和48年(う)502号 判決 1974年2月12日

本籍

愛知県豊田市鴛鴨町東屋敷九八番地

住居

同市水源町三丁目二四番地五

銀行員

藪押清兵衛

昭和四年一〇月一日生

右の者に対する所得税法違反幇助被告事件につき、昭和四八年八月九日名古屋地方裁判所がなした有罪判決に対し、原審弁護人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官佐度磯松出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人軍司猛作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここに、これを引用する。

論旨一(事実誤認)について。

所論の要旨は、被告人が、原審相被告人岡田勝のため架空名義の定期預金を設定したのは、同人の依頼に基く銀行員の通常業務としてなしたに過ぎず、当時被告人には、そのことが岡田の所得税ほ脱行為の幇助となるとの認識はなかったのであるから、原判決が被告人を有罪としたことは、事実誤認である、というのである。

所論にかんがみ、原判決挙示の各証拠を総合し、殊に、被告人の検察官に対する各供述調書によれば、被告人の犯意は十分認定し得るのである。すなわち、被告人は、昭和三二年六月二四日名古屋相互銀行に就職し、翌三三年二月同行挙母支店(後、豊田支店と名称変更)の得意先係となり、昭和四二年には支店長代理に昇進した。その間被告人は、得意先係として、原審相被告人岡田勝との取引を担当するようになったのであるが、もともと、被告人の父と岡田とが昵懇の間柄であったことから、被告人と岡田との仲も、単なる銀行員と得意先との関係の域を越えて親密となり、被告人は、預金獲得の成績をあげるため、岡田に援助を謂い、反面岡田からは、税金対策としての仮名預金の設定を頼まれ、被告人は、次第に深入りして、岡田の意を受けて同人の名古屋相互銀行に対する預貯金関係を掌握し、被告人の一存で仮空名義の定期預金などを設定し、それに要する印鑑も被告人が自ら調達して使用し、かくして、被告人は、岡田に所得税ほ脱の意図のあることを知りながら、岡田の所得の一部を秘匿することに積極的に加担し、岡田の前記意図を容易にし、その結果原判示第二の犯行の摘発を受けるに至ったことが認められるので、被告人に原審相被告人岡田勝の原判示第一の所得税ほ脱の幇助をする意思のあったことは、まことに明白である。原判決には、事実誤認のかどはない。論旨は理由がない。

論旨二(量刑不当)について

所論は、原判決の量刑が重きに失するというのである。

よって、本件記録を調査して考察するに、証拠によって認められる本件犯行の動機、態様、被告人の経歴、境遇及び犯行後の情況など諸般の情状をあれこれ勘案すれば、原判決の量刑は相当というべきである。当審における事実取調べの結果を参酌しても、被告人に科する罰金刑をもってすべき特段の情状は認められない。論旨は理由がない。

右の次第であるから、刑訴法三九六条に則り、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小渕連 裁判官 寺島常久 裁判官 横山義夫)

控訴趣意書

被告人 藪押清兵衛

右の者に対する所得税法違反幇助被告事件につき、控訴の理由は次のとおりであります。

昭和四八年一一月二〇日

弁護人 軍司猛

名古屋高等裁判所

刑事第二部 御中

被告人には本犯たる岡田勝の本件所得税ほ脱行為を幇助する意思はなかった。

(一) 原判決は「被告人藪押は、岡田勝から同人の所得税をほ脱する手段として架空名義の預金などを設定してその所得を秘匿するように依頼を受けるやこれに応じ、………中略………岡田勝のために架空名義の定期預金などを設定したうえ、そのころ右預金証書および印章を豊田市水源町三丁目二四番地五の自宅に持ち帰って隠匿するなどして右岡田の所得税ほ脱の犯行を容易ならしめてこれを幇助した。」旨認定する。なるほど被告人は岡田より頼まれて同人のため架空名義の定期預金等を設定し、また、定期預金証書や印章を自宅に持ち帰って保管していた事実はあるけれども、本件証拠を仔細に検討して見ると、これだけでは被告人に岡田の所得税ほ脱の犯行を幇助する意思があったと断定するのは困難であるというべきである。

(二) 先づ被告人が岡田の名古屋相互銀行豊田支店に対する架空名義の定期預金を設定した点であるが、本件で問題となった昭和四三年、同四四年当時の岡田の架空名定期預金は、殆んど日掛預金が満期となったものを定期預金に振替えたものか、満期となった定期預金を切替えたもので、新たに現金で設定したものは少ない。同銀行と岡田との取引はすでに昭和二七年頃からあり、同三九年頃より架空名義預金の取引が初まった。そしてその方法は毎日日掛を集金し、これを岡田の指示に基き本人(家族名も含む)名義と架空名義とに分け、満期が到来すると架空名義のものは同一名義の定期預金に振替えて来た。

かくして昭和四一年頃岡田がパチンコ店元町センターを開設してからは日掛金が一一万五、〇〇〇円に殖え、従って架空名義の分も殖えては来たが、右はあくまで従前の取引方法の延長としてなして来たもので、昭和四三、四年度に至って、とくに被告人が従前と別異の取扱いをしたものではない。

従ってその間、岡田からとくに脱税の意思を打明けられる等の特別の事情を認めるに足る証拠のない本件では右昭和四三、四年度の架空名義設定行為につき、被告人に岡田の脱税幇助の意思があったと認めるのは困難であるというべきである。

(三) また幇助犯が成立するためには幇助者において本犯の犯行を認識しているのでなければならない。被告人は当時岡田が架名預金分を所得申告から除外していた事実は全く知らなかった。被告人としては当時岡田にいくら位の収入があり、右収入の記帳がどうなっているのか、特に架名の記帳をどのようにしていたか等岡田の収入の内容的なものには一切関知しなかったし、もとより岡田に右架名分の売上からの控除等を指示、指導したことはない。架名をもってする預金が必らずしも所得税ほ脱又は財産隠匿の目的でなされるものでないことはいうまでもないことであるから、被告人に右架名預金に関与したことをもって岡田の所得税ほ脱の犯行を確認していたというには、岡田の前記収入の実体および架名分の納税申告をどのようにしていたか等の或程度の具体的内容を確認していたことが証明されるのでなければならないところ、本件では右の証明はない。従って被告人に岡田の犯行を幇助する意思があったことを認めるのはこの点からも出来ない。

(四) 次に被告人が岡田の架名の定期預金証書および印鑑を自宅に持参保管していたのは、昭和四二年頃、それまでは岡田において預金証書、印章等を保管していたが、たまたま定期預金証書が満期になったので書換えるべく担当者が岡田宅を訪問し、同人の妻に預金証書の呈示を求めたが、それがないとのことで書換えが出来ないでいたので被告人が岡田の妻に再度探してくれるよう頼んだところ、同女は被告人に「書換えの都度預金証書を探すのは面倒だし、紛失しても困るから一括して預かってくれ」とのことであったので、それから右証書と印章を預かるようになったものであり、決して岡田の架名預金の発見を困難ならしめ、又岡田の資産隠匿に加担する意思で持ち帰ったものではない。

そして当初は銀行の金庫に保管しておいたが、右の事実を支店長に報告していなかったこともあり、たまたま昭和四三年五月に本部監査があり支店長に報告してないゆえ監査で発見されては困ると考え、自宅へ持参して保管しておいたもので、これ以外に他意はなく、まして被告人岡田の所得税ほ脱行為の発見を困難ならしめ資産隠匿に加担する目的のもとにしたものではない。従って右事実も被告人藪押に岡田の所得税ほ脱行為を幇助する意思があったことを推認する資料とはならないものである。

(五) 次に被告人の行為が問題となった昭和四三、四年当時は、銀行その他の金融機関が顧客から架空名義で定期預金等を受入れることは銀行の至上命令のもと預金者へのサービスとしてどこの銀行でも行っており、いわば公知の事実として銀行内部でもこれを許す傾向にあった(証人稲森上の証言参照)。

被告人の本件架名による定期預金の設定は当時の金融業界におけるかような土壤のもとで、銀行員としての通常のサービスの一環として行ったものである。

(六) 岡田勝は当公延および検察官に対する供述調書において被告人は岡田から集金した日掛金(一日一一五、〇〇〇円)を独断で架名預金にまわし予金操作をしていたので自分にはいくらが架名にまわり、いくらが本名になっていたかさっぱりわからなかった旨、いかにも被告人が積極的、恣意的な取扱いをしていたかの如き供述をするが、さようなことは決してない。事務的に架空の名前等は被告人が随時決めたが、岡田の預金のうちいくらを架名にし、いくらを本名にするか等架名預金の設定自体については岡田の指示に基いてなしたものである(被告人藪押の当公延における供述)。

岡田の右供述は自己の責任の軽減を計るために被告人藪押にその責任を転嫁しようとするもので信用できない。又、検察官は被告人藪押と岡田とは特に親密な関係にあったことを強調し被告人岡田の所得税ほ脱行為に協力する目的で右の行為に出た旨を主張されるが、被告人藪押と岡田とは普通の銀行員と顧客との関係であってそれ以上のものではなかった。

(七) 以上のとおり被告人が岡田のため架空名の定期預金等を設定したのは、同人の依頼に基き通常の銀行員の業務としてそれをなして来たもので当時同被告人は自己の行為が被告人岡田の所得税ほ脱行為を幇助することになるなどとは夢にも思っていなかったのである。被告人の検察官に対する供述調書にはこれと異なる供述記載があるけれども右は被告人の行為が外形的には一見岡田の犯行を幇助する結果になった如く見られるところから検察官の理詰めの質問に抗しきれず右の如き供述をしたものであって、右供述記載は被告人の当時の真意を表明したものではない(被告人の当公廷における供述)。

(八) 証人稲森上の証言によると、所得税ほ脱行為には殆んど銀行ないし金融機関が関与し、その関与の仕方も本件の如く架名で預金を預かり又は預金証書を預かる等の方法が殆んどである。そしてこの種ほ脱にかかる査察事案は名古屋国税局管内で毎年年間一〇数件を数え、その方法は例えば銀行の便所の窓に預金証書を隠したり、かくし壁を作ってその中に入れたり、銀行員が預金証書を自宅に持ち去って米ビツの中にかくしたりする等極めて一見悪質と思われるものが多数あるが、それらの事案でも未だに銀行又は担当銀行員が所得税ほ脱行為の正犯としてはもとより幇助犯としても起訴された事案は殆んどなかったという。

これは結局銀行員にはその職務との関連性からほ脱の意思を認めるのが困難であるからに外ならないからである。

(九) そのほか、被告人に岡田の本件所得税ほ脱の犯行につき、情をあかして協力を求められたというような事実の全くない本件では、結局被告人にほ脱の犯行を幇助する意思があったと認むべき証拠はないというべきである。

二 仮りに証拠上被告人に有罪の認定がなされるとしても、被告人に懲役刑を科した原判決の量刑は重きに失するので被告人に対しては罰金刑を科するのが相当である。

その情状として次のような事実を御斟酌賜わり度い。

(一) さきにも述べたとおり、昭和四三、四年当時銀行その他の金融機関が預金者から架空名義で預金を受けることは預金者へのサービスとして何処の銀行、金融機関でも行っており、ひとり被告人の勤務する名古屋相互銀行豊田支店だけではなかった。現に本件と同じころ岡田が取引していた豊田信用金庫、岡崎信用金庫でも被告人の場合と同じような方法で架空名義の定期預金を設定しており、当時の金融界の状勢は架名金の取扱いにさほど抵抗を感じなかった。この点架名預金の取扱いにつき反省自粛されている現在とは当時の状況は大いに異なっていたことに御留意下され度い。

(二) 当時名古屋相互銀行豊田支店において岡田は個人では高額の預金者であり、もし岡田の架名による預金の受入れを拒否すると他行に預金される心配があり、被告人としてはどうしても岡田の意を受け架名預金の受入れに協力せざるを得なかった。この意味で被告人の本件行為は銀行員として預金獲得という職務に熱心な余り遂にその節度を越えたもので、その動機に諒とすべきものがある。その動機は決して岡田の脱税を積極的に助け、またはこれに協力する意図でなされたものでないことを御了承願い度い。

(三) この意味で本件につき真に非難されるのは、当時かかる風潮にあった銀行および金融機関であったというべく、被告人はいわばその犠牲者であるというべきである。

(四) 被告人は当然のことではあるが、岡田から本件行為に対価的利益は何れも受けていない。また、岡田の本件預金を扱かったことにつき銀行内で地位、立場がよくなったというような事実もない。

(五) 被告人には前科もなく、本件を深く反省し、二度と本件の如き誤ちをしないことを誓っておるので再犯のおそれは全くない。

(六) また、被告人の勤務先である名古屋相互銀行においても役員一同本件を深く反省し、監督官庁に対して謹慎の意を表明し、全行員に対し今後本件の如き行為のなきよう周知徹底を計り、今後の誤ちのなきことを期しているので、この点も本件の情状として斟酌願い度い。

(七) 本件は新聞、テレビ等でも放送され、被告人ともども名古屋相互銀行も社会的な制裁を受け、本件の処罰の目的はすでに達せられたと思われる。

(八) 本件では豊田信用金庫、岡崎信用金庫の扱った岡田の架空名義預金分についても被告人の脱税幇助額に加えられているが、右金庫の扱い分については被告人は全く関知せず、これに対する責任はないと思料される。従って右金庫扱い分を除くと被告人の関与した脱税幇助額はさほど多額ではない。なお、同金庫の職員については不問に付されていることも、御斟酌賜わり度い。

(九) 検察官が提出された事例(井上昇、高橋鉄工所外四名に対する法人税法違反被告事件の判決)では、被告人たる銀行員が脱税行為に積極的に関与している事案であるが、銀行員には罰金刑が科せられている。

三 以上の情状をお吸み取り賜わり、被告人に対し是非とも罰金刑を科せられ度く、ここに上申する次第である。

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